認知症でも残る「手続き記憶」とは?スキル習得のメカニズムと強化法を解説
ウェスタン・シドニー大学の認知科学准教授セリア・ハリス氏らの解説に基づき、「手続き記憶」のメカニズムと認知症との関連が明らかになりました。手続き記憶とは、「自転車に乗る」「編み物をする」「楽器を演奏する」など、意識的な努力を必要とせず、体が自動的に動くスキルのことです。これは「非陳述記憶」とも呼ばれ、言葉で説明することが難しい点が特徴です。
手続き記憶の獲得には、まず「スキルを能動的に学習する段階」があり、この段階では前頭前野や頭頂葉前部など、注意や意識的な努力を伴う脳の部位が主に使われます。その後、反復練習を繰り返すうちにスキルは自動化され、「自動で行動できるようになる段階」へと移行します。この段階では、感覚運動回路が働き、意識的な努力なしに複雑なタスクを自動実行できるようになります。
この手続き記憶の最も興味深い点は、認知症などの認知機能が低下しても、生涯を通じて培われた無意識的なスキル(例:編み物、タンゴダンス)は保持されやすいことです。ハリス氏らは、認知症患者が名前を思い出すのに苦労しても、これらの無意識的なスキルを維持している事例を指摘しています。また、音楽は手続き記憶に強い影響を及ぼし、アルツハイマー型認知症患者が言葉よりも歌として聞かせた方が記憶しやすいことがカナダの研究で示されました。さらに、重度のアルツハイマー病の女性に歌を教えたオーストラリアの研究では、新しい歌を習得できる可能性も示されています。
手続き記憶を強化するには、地道な反復練習が不可欠です。特に、練習を「複数回に分けて行うこと」や、練習後に「睡眠をとること」が、長期的な記憶形成に効果的であるとされています。ハリス氏は、手続き記憶の習得には時間と努力が必要だが、それは人生を豊かにし、大切な人とのつながりを保つ助けになると強調しています。
背景
手続き記憶は、運動や技能の習得過程で形成される無意識的な記憶です。認知症の進行に伴い、エピソード記憶(出来事の記憶)や意味記憶(知識)が失われやすい一方で、手続き記憶は比較的保持されやすいという特性が、本ニュースの焦点となっています。
重要用語解説
- 手続き記憶: 自転車に乗るなどの動作スキルなど、意識的な努力を必要とせず、体が自動的に動く無意識的な記憶のこと。非陳述記憶とも呼ばれる。
- 非陳述記憶: 個人的な経験や出来事(エピソード)を語る形式の記憶ではなく、スキルや知識といった形で保持される記憶のこと。
- 前頭前野: 高度な思考、計画、判断など、意識的な努力を伴う認知機能に関わる脳の部位。スキル学習初期に活発に使われる。
今後の影響
手続き記憶のメカニズムの理解は、認知症患者のケアやリハビリテーションに大きな示唆を与えます。単なる知識の記憶に頼るのではなく、音楽や運動といった「スキル」の反復練習を通じて、残存する認知機能を刺激し、生活の質(QOL)を維持する新たなアプローチが期待されます。