古代都市モヘンジョダロ:発展に伴い格差が縮小した「平等な」社会構造の謎
ヨーク大学やケンブリッジ大学の研究チームは、約4000年前に栄えたインダス文明の大都市モヘンジョダロ(現在のパキスタン・ラルカナ平原)における社会的な格差の推移を研究し、その結果を発表しました。従来の通説では、都市が発展するほど富や権力が一部のエリート層に集中し、格差が拡大すると考えられてきました。しかし、本研究は住居の大きさという指標を用いてモヘンジョダロを分析したところ、同都市の格差が比較対象の古代都市よりも小さく、さらに時代とともに縮小していたことを明らかにしました。
具体的には、発掘記録から得られた309件の住居面積データに基づきジニ係数を算出。モヘンジョダロ全体の住居面積のジニ係数は0.44であり、これは同時期の西アジア都市ウルやウガリット(いずれも0.6超)や、古典期マヤのパレンケ(0.75)、クノッソス(0.86)といった他の文明と比較して低い値でした。特に注目されたのは、DK-G South区画での格差の推移です。この区画では、紀元前2500年頃に中央値161.39平方メートルでジニ係数0.39であったものが、その後段階的に低下し、紀元前2100年頃には0.23まで縮小していました。研究チームは、この格差の縮小期と街路や排水設備の整備が進んだ時期が一致することに着目し、「インフラ整備のための統治活動が、住居面積の格差を小さくする方向に働いた可能性が高い」と論じています。また、モヘンジョダロで主に住居から発見された標準化された印章は、取引管理の権限が一つの集団に独占されず、社会的な平等を維持する仕組みとして機能した可能性を示唆しています。研究チームは、この事例が「繁栄には少数の権力集中が必要」という従来の考え方に疑問を投げかけ、街路や排水設備といった公共インフラの整備こそが、長期的な格差の推移を左右しうる重要な政治的選択であることを示していると結論づけています。
背景
古代文明における社会構造は、一般的に都市化に伴う権力・富の集中(=格差拡大)が前提とされてきました。モヘンジョダロのようなインダス文明の大都市では、エリート層を示す直接的な証拠が乏しいことが以前から指摘されており、本研究はその住居面積という具体的な指標を用いて、その社会構造を定量的に分析したものです。
重要用語解説
- ジニ係数: 所得や富の偏り具合を測る統計指標。値が0に近いほど平等であり、1に近いほど極端な不平等を意味します。本研究では住居面積に適用されています。
- インダス文明: 紀元前2600年頃から栄えた、現在のパキスタン周辺を中心とする古代の高度な文明。計画的な都市構造が特徴的です。
- モヘンジョダロ: インダス文明を代表する大都市の一つで、現在パキスタンのラルカナ平原に位置します。整然とした街路や排水設備を持つことで知られています。
今後の影響
本研究は、「発展=格差拡大」という歴史的な定説に対し、公共インフラの整備や管理体制が社会的な平等性を維持する重要な要因となり得るという新たな視点を提供しました。今後の考古学や社会科学において、単なる富の集中だけでなく、生活基盤を支える「共有された資源」のあり方が重要視される可能性があります。